ニリンソウが咲く頃の上高地が好きだ。今年も花が咲き乱れる初夏の上高地を満喫しようと、友人と徳沢へキャンプにでかけた。

いつもの登山なら、横目で見て急ぎ足で通りすぎる河童橋だが、今回は徳沢にたどり着けばOKということで、橋からしばし穂高連峰を見上げる。峰に雪が残っているこの時期の穂高連峰が一番かっこいいと思う。友人と二人で「いいね〜」「すごいよね〜」と、ため息をつきながら眺める。二人ともこの山にすっかり惚れているが、男に惚れたわけではないので、取り合いにはならずに二人の友情は壊れない。「惚れるなら山じゃなくて男に惚れようよ」といつも同じセリフを言い合う。

 そこでこの景色を存分に味わおうと、スケッチを始める。はじめは「ここが西穂でここが独標」と描いていたが、ぼこぼこになってつじつまが合わなくなって、どうでも良くなる。かなり嘘を描いてしまったけれど、いいのだ。描いている時、ずっとこの景色を見ていられただけでも幸せなのだから。

       
             スケッチで景色を存分に味わう

 描き終えて、よっこらせとテントと食材がはいった大きなザックを背負って歩きだす。いつもなら、二時間もかからない徳沢に今日はなかなか着かない。原因は荷物が重いだけではない。5月下旬の上高地にはいろいろな花が競うように咲き乱れているので、写真を撮ったり図鑑で名前を調べたりしているうちにどんどん時間が過ぎていくのだ。花の名前を覚えようとして「何か用?」「サンカヨウ」などとつまらないことを言い合っているので、ますます歩みは遅くなっていく。

 新宿から昨夜バスに乗り、朝の6時すぎには上高地のバスターミナルに着いたというのに、徳沢に着いたのは昼過ぎであった。それぞれテントをたてて、食材を広げる。今日の昼メニューは焼肉。明神岳に見守られ、ニリンソウにかこまれてビアを片手に気持ちよく酔っていく。

 夜は満天の星を見上げる。明日は開きかけた朝のニリンソウを描こう。早足では味わえない上高地をゆっくり感じながら歩く。一年に一回くらいこんなのんびりした山歩きも良いと思った。 

        

        大木を背に至福のひと時(ケロスズ撮影)

惚れるなら山?
穂高連峰を見上げて

2006年 岳人7月号別冊「夏山」 読者のページ掲載
タイトル、キャプションは出版社でつけてくれました。

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